最近、「引き際」や「引退」について触れる機会が多い。
例えば、
著名人の講演を聞いても、
トム・ピータースの本を読んでも、
引き際をわきまえろ。
永遠はない。
そういうセリフに必ずといっていいほど出会う。
何かを始める時に、終焉を意識しておくというのは、容易なことではないと思う。
「終わり」というものには、どこかこう、後ろ向きなイメージがあるからだ。
以前、携わったJVが破綻を迎えた時、「引き際」という意味が良く分からなかった。
撤退を余儀なくされ、万策尽き、集まったメンバーは強制的に解散させられた。
でも今思えば、あれでよかったのだとも思う。
数え切れないほどの多くの大小様々なプロジェクトに関わり、
始まりと終わりを迎えてきたが、良くも悪くも、最初から、「終わり」をカンペキにイメージできていたことは、過去あまりなかったように思う。
これからは更なるチャレンジ、そして、それと同じくらいの「終わり」を迎えることになると思うが、少しずつでも、それを「前向きに」意識していきたいと思う。
あ。
人生という「最大のプロジェクト」の最後くらいは、きちっとイメージしておきたいなぁ。
昨晩、F1のミハエル・シューマッハが引退した。
7度のチャンピオンに輝いた、F1史上最高の戦跡を残してきたドライバーである。
彼の去り際は、誰もが予想だにしないほど強烈だった。
先日の日本GP(鈴鹿)、昨日のブラジルGPと、2戦を残した時点で、若き王者、F.アロンソとシューマッハは同点1位。
年間チャンピオンは最後の2戦の結果次第となっていた。
日本での結果は、TOPを快走するシューマッハが、実に何年ぶりかのエンジンブローでまさかのリタイヤ。
ほぼ勝利を確信できていただけに、この不運をどう受け止めていいか、フェラーリチームのクルーも分かっていないように見えた。
僕も鈴鹿にいたが、ピットを遠目から見ても、その様子は明らかだった。シューマッハが消え、結果はアロンソの優勝。
これで最終戦のブラジルで、アロンソがリタイヤ、シューマッハが優勝しなければ、王者逆転、有終の美はありえない。
アロンソは1ポイントを取るだけでワールドチャンピオンを決められるという絶対優位に立っていた。
舞台はブラジルへ。
ここでも、予選でシューマッハが驚異的なタイムをたたき出す。
これでポールポジションが決定的かと思った予選最終ラウンド、まさかのマシントラブルがまたもやシューマッハを襲う。
タイムは一位だった彼が、なんと10位スタートとなってしまう。アロンソは4位。
シューマッハのチームメイト、F・マッサがポールポジションを獲得した。
ブラジルにおけるルノー+ミシュラン、とフェラーリ+ブリヂストンのパフォーマンスの優劣は誰が見ても明らかだっただけに、トラブルが悔やまれる。
どこまで不運なのか。しかし、赤き皇帝は諦めることなどしていなかった。
スタート後、1コーナーで縁石の上を走り、ダンゴ状態の中で右へ左へ信じられない動きを見せ、1周でなんと4台を抜き、6位につける。
これは何かが起こる。そう思わせるに足るオーラがマシンから出ていた。
その後、ウイリアムズチームがチームメイト同士で大クラッシュを起こし、追い越し禁止のイエローフラッグ。
何周かクールダウンをしている間に、コース内に散らばったマシンの破片は片付けられた。いよいよ再開だ。
シューマッハは、5位を走っていたアロンソのチームメイト、ルノーのフィジケラをすぐさまロックオンする。
まるで獲物を捕らえたライオンのようだった。1周の揺さぶりのあと、1コーナーで、ラインをはずし、あっという間にオーバーテイク、抜き去った。
その直後、シューマッハのマシンの挙動が乱れる。リアタイヤのパンクだ。原因は分からないが、フィジケラを追い越した際、事故を起こしたウィリアムズ・マシンの破片を踏んだのではないかという噂もある。シューマッハのマシンは見る見るうちにスローダウン。
こんなことで彼のF1人生は終わるのか。
シューマッハは、パンクしたまま何とか1周を走りきり、ピットイン。
NEWタイヤで戦線に復帰する。当然、ビリまで順位が落ちてしまった。周回遅れギリギリの復帰。それでも彼は走り続ける。
ワールドチャンピオンをとるためには、ここからTOPを狙わねばならない。絶望的だ。
去ろうとする者へ、神はどれほどの試練を与えるのか。
シューマッハはそれでも諦めていなかった。何度かスローダウンしてしまう、恐らくトラブルを抱えていたであろうクルマを操りながら、何台もごぼう抜き。
62周目にはルノーのフィジケラに追いつき、再び抜き返し、5位へ。実に53周ぶりの逆転劇。
その後、68周目、来年から、シューマッハ引退後のフェラーリ・シートに座るライコネンをもパスし、4位へ。
ここで、シューマッハの16年にわたるF1人生は終焉を迎えた。
リタイヤが数台あったとはいえ、1000分の1秒を争うF1で、ビリから4位。信じられない。
彼のレース人生の最後を優勝および年間優勝で飾ることはできなかったが、最後の最後、
それ以上と言っていいほどのパフォーマンスで、存在感を示したのだ。
すごかった。ただすごかった。
シューマッハは、「壊れたチャンピオン」と呼ばれてきた。
不正を働いたとか、妨害をしたとか、色々な黒い噂がつきまとい、前任未踏の絶対王者であったとしても、賛否両論がつきまとったのは事実だ。
アイルトンセナとの戦いでは、セナとのバトルで抜かれた際に、セナへ向かって中指を突き立てているのを、オンボード・カメラはハッキリと捉えていた。
当時、中学生?高校生だった僕の記憶にしっかりと刻まれている。
それでも、そんなシューマッハが最後に見せたパフォーマンスは、彼のレース人生を象徴しているかのように見えた。
インパクトは計り知れない。
フェラーリの故郷、モンツァでの優勝後の引退発表。タイミングとしては完璧だった。 8度目の総合優勝、そして引退。
最後の最後でそのシナリオは狂ったが、奇しくも、それがシューマッハのインパクトを更に強烈なものとしたのだ。
彼自身、間違いなく予想だにしなかったであろう、凄まじい「引退劇」だった。
あの追い上げは、王者・チャレンジャー、双方の要素を併せ持つ特別なものだった。
その姿に、激しく魂を揺さぶられた。